2026年の世界の鉄鋼市場は、脱炭素化に向けた技術転換の加速と、保護主義的な通商政策の強化という二つの構造的変化が交差する転換点にある。世界鉄鋼協会(worldsteel)の2026年4月の短期見通しによれば、世界の鉄鋼需要は前年比0.3%増の17億2,400万トンにとどまるものの、2022年以降の構造調整局面からの底打ちの兆しを見せている。本稿では、グリーンスチールへの移行コストと、中国の過剰生産能力を背景とした関税戦争という対立軸から、今後の鉄鋼市場のシナリオを分析する。

鉄鋼セクターは世界の二酸化炭素排出量の8%超を占めており、脱炭素化は喫緊の課題である。国際エネルギー機関(IEA)の分析が示す通り、水素直接還元鉄(H2-DRI)と電気炉(EAF)を組み合わせた製法が、低排出オプションとして台頭している。2026年には、スウェーデンのStegraが世界初となる100%グリーン水素ベースの鉄鋼プラントを稼働させる予定であり、技術転換の重要なマイルストーンとなる。また、オマーンのMeranti Green Steelも、天然ガスとグリーン水素を混焼するDRIプラントの最終投資決定を2026年に行う計画である。これらの動きは、欧州連合(EU)における炭素国境調整メカニズム(CBAM)の本格適用と、排出量取引制度(ETS)の無償割当廃止によって強力に後押しされている。

中国の過剰生産と保護主義の連鎖

一方で、中国の不動産不況に伴う国内需要の低迷は、世界の鉄鋼市場に深刻な供給過剰をもたらしている。worldsteelの予測では、2026年の中国の鉄鋼需要は前年比1.5%減となる見込みである。国内で消化しきれない鉄鋼は輸出に回り、完成品に含まれる間接輸出も含めると、その規模は過去10年間でほぼ倍増している。これに対し、米国はEU産鉄鋼に対して50%の関税を賦課し、欧州鉄鋼連盟(EUROFER)によれば、2025年下半期のEUから米国への鉄鋼輸出は前年同期比で30%減少した。EUもまた、2026年7月に新たな鉄鋼貿易措置を発効させ、域内市場の保護を強化している。

このような保護主義的な動きは、鉄鋼価格の地域間格差を拡大させる要因となる。さらに、ギニアのシマンドゥ鉄鉱山が2026年に本格的な生産拡大フェーズに入り、年間1億2,000万トンの供給能力を持つことで、鉄鉱石価格は2028年に向けてトン当たり85ドルから75ドルへと下落するとの予測もある。原材料価格の下落は鉄鋼メーカーのコスト負担を軽減する一方で、安価な鉄鋼製品の流入をさらに促進し、通商摩擦を激化させるリスクを孕んでいる。

コスト転嫁力と市場の分断シナリオ

今後の鉄鋼市場は、グリーンスチールの環境価値を価格に転嫁できる市場と、安価な汎用鋼が流通する市場へと二極化していく可能性が高い。EUのCBAMは、域内市場におけるグリーンスチールの競争力を高める制度的枠組みとして機能するが、同時に域外からの安価な鉄鋼の流入を制限する事実上の関税としても作用する。米国におけるAIデータセンター建設ブームや、インドのインフラ投資拡大(2026年の需要予測は前年比7.4%増)など、特定の成長分野では高付加価値な鉄鋼製品への需要が堅調に推移すると見込まれる。

鉄鋼メーカーにとっての最大の課題は、巨額の設備投資を要するグリーンスチールへの転換コストを、いかにして最終製品の価格に反映させるかである。保護主義的な通商政策は、短期的には国内産業を保護する効果を持つが、長期的にはグローバルなサプライチェーンの効率性を損ない、脱炭素化に必要な技術や資金の移転を阻害する恐れがある。2026年の鉄鋼市場は、環境規制と通商政策が複雑に絡み合う中で、各国の産業競争力と脱炭素化のスピードを左右する重要な試金石となる。

出典:worldsteel (2026), EUROFER (2026), IEEFA (2026)

免責事項:本記事は情報の提供を目的としたものであり、投資勧誘を意図するものではありません。
Visuals created using artificial intelligence.